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峰歯科ブログ

「神君伊賀越え」の小説が出たそうです。でも、本当のルートはどこだったのか

執筆:峰 啓介

  • 院長ブログ
「神君伊賀越え」の小説が出たそうです。でも、本当のルートはどこだったのか

こんにちは、三重県伊賀市にある峰歯科・矯正歯科クリニックの院長KSK(けいすけ)です。

先日、「神君伊賀越え」をテーマにした小説が出たというニュースを見かけました。
小説はまだ読んでいないのですが、伊賀に縁のある者として、このテーマには思うところがあります。

→【おすすめ院長ブログ】大河ドラマでついに登場!伊賀の殿様といえば藤堂高虎

神君伊賀越えとは

神君伊賀越え

1582年、京都で「本能寺の変」が起きます。織田信長が明智光秀に討たれた、あの事件です。

このとき徳川家康は、大阪の堺にいました。
主君・信長の死という衝撃に加え、犯人とされる明智光秀に命を狙われる危険もある。家康はただちに本拠地・三河へ逃げ帰ることを決断します。

その際に通ったとされるのが伊賀のルートで、地元の豪族・多羅尾氏の援助を受けたという通説が残っています。現在、タラオカントリーゴルフクラブのあるあたり、「おとぎ峠」を越えたというのが一般的に知られるルートです。

通説ルートに感じる疑問

ここからが、私の疑問です。
堺から三河へ逃げる家康の立場で考えてみてください。
京都で大事件が起き、しかも犯人の光秀がどこにいるかわからない。
そうであれば、できるだけ京都から離れたルートを通りたいと思うのが自然ではないでしょうか。

私が考える「合理的なルート」

地図を頭に浮かべてみます。堺から出発し、奈良盆地に入り、桜井市・宇陀市を経て名張へ。
そこから伊勢に抜け、船で三河へ向かう。
このルートの方が、京都から距離を取りながら東へ向かえる、合理的な道筋に思えます。

なぜ北へ向かったのか?

ところが、通説のおとぎ峠ルートは、このラインよりもかなり北に位置しています。
なぜ、わざわざ京都に近い方向へ北上したのか。
そこには、何か理由があるはずです。
単なる「最短ルート」では説明できない事情があったのではないか。
そんなことを考えてしまいます。

答えは「影街道ブログ」をご覧ください

実はこの謎について、私がライフワークとして書いている「影街道ブログ」で詳しく解説しています。
影街道ブログでは、歴史の表街道ではなく、忍びや諜報が行き交った「裏のルート」をテーマにしています。

伊賀という土地は、歴史の表舞台だけでは語れない、「もう一つの顔」を持っています。
下記のリンクから興味のある方はぜひ読んでみてください。
伊賀の歴史の面白さを、少しでも感じていただけたら嬉しいです。

▼ブログ『影街道』はこちら
https://kagekaido.com/

伊賀の歴史を知ると、景色の見え方も変わる

伊賀 風景

普段何気なく通っている道や山にも、実は歴史的な背景が隠れているかもしれません。
伊賀には、教科書には載らないような歴史や逸話が数多く残っています。
歯の話から随分離れてしまいましたが、たまにはこういう話も😊

三重県伊賀市の歯医者、峰歯科・矯正歯科クリニックでした。

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