三代目 峰啓介 の自己紹介

幼少期の思い出

私は幼い頃、かなり引っ込み思案で、とにかく知らない人と話しするのが苦手な子供でした。その反面、家の中ではすごくおしゃべりでした。

私の父は、今と変わらず自宅に併設している歯科医院で歯科医師をしておりましたので、基本的にずっと家にいました。仕事が終わる時間は遅くなることも多かったですが、夕食は必ず仕事が終わってから、家族全員で夕食を食べていました。ですので、他の家庭よりも父親と接する時間は長かったと思います。また、日曜日になるとよく遊園地などに遊びに連れて行ってもらいました。大変面倒見がよく、子供には優しく、さすが小児歯科の専門医という感じでした。

母は私が小学生のときから、歯科医院を手伝っていました。それでも自宅で仕事をしていたので、母親と触れ合う時間は多かったです。厳しい面もありましたが、基本的には優しかったです。一度母が入院することがあり、その前に弟と私を集合させて最後かもしれないと泣きながら絵本を読んでくれたのを覚えています。結局今でも健康そのものですが、子供ながらに親の気持ちを垣間見たような気がしました。 実は私は、生まれたばかりのころ、とても大きな病を患っておりました。1歳までに全身麻酔の手術を2回受けています。ひと昔前だったら、命も危なかったそうです。自分も子供を持って思うのですが、生まれたばかりの子供がそのような病気を患っているというのは、生きた心地がしなかったのであろうことが想像に難くありません。

今まで育ててくれた両親には、今でもとても感謝しておりますし、尊敬しています。

中学~高校時代

中学から津市にある高田中学へ通っており、知らない土地の学校であるために最初は馴染めず、軟式テニス部に所属していたものの、ずっと幽霊部員でした。中学3年生くらいになると徐々に慣れてきて部活に通い始めるものの、3年間やってきた人には到底追いつかず、中途半端な形で部活を終えました。

そのまま高田高校に入り、水泳部に入ることにしました。当時の水泳部はレベルが高い水泳部でしたが、強い選手たちは津市内にあるスイミングクラブで練習しており、学校プールでの練習はほとんどなく、私たちはひたすら遊んでいました。部活というより、暑い季節に学校が終わってから水遊びをしていたという感じでした。

また、小さいころからお笑い好きで、高校時代には関西の若手のお笑い芸人にかなり精通していました。大学時代には、まだ東京で今のようなお笑いブームが起きておらず、大学の同期にはかなり理解されない趣味でした。それでも、たまに渋谷でやっている吉本のお笑いライブを見に行ったりしていました。学園祭の副委員長をつとめたときには、ゲストのお笑い芸人を選ぶ権限が与えられました。今考えると現在でも超売れっ子の2組をチョイスしていますので、お笑い芸人に関してはかなり先見の明があるのではないかと、自負しております。今でもお笑いは大好きです。

歯科医師になろうと思ったのは、高校3年生の時です。実家が祖父の代から開業している歯科医院で、祖母、母も歯科医院の仕事を手伝っており、さらに医院が自宅に併設しているため、幼少のころから歯科医院の中に住んでいるようなものだったので、歯科医師という職業をかなり身近に感じていたのです。

家族は当然のように私が歯科医師になるものだと思っていたと思うし、私自身もそれに対して疑問を持っていませんでした。そんな折に大学受験の時期が来て、伊賀上野の田舎育ちの私はものすごい東京への憧れを抱いていたので、歯科大学にいけば東京に行けると思いもあり、歯科医師になることが決定的となりました。

大学時代

大学時代は社会勉強のためにアルバイトをしていました。新聞の勧誘、ホテルのウェイター、飲み屋の店員、会社の事務などの仕事をしました。同級生は家庭教師や塾の講師などのバイトをしている人がほとんどだったのですが、私はあえてそれら以外のバイトをしようと思ったのです。将来、患者さんに信頼される歯科医院をやっていくためには、接客業をする必要があると思ったからです。

いろいろな仕事をすることによって、仕事の厳しさを学べたと思います。大学入学時の私は正直学歴に自惚れていた部分がありましたので、大変貴重な体験であったと思っています。

大学の4年目の時に同級生の勧めでESS(英語サークル)に入りました。主な活動は秋にある英語劇で、大道具として参加しました。サークルは4年で引退ですが、OB同士で「また劇をやりたいね」という話になり、私を含む何人かで劇団を旗揚げしました。その時は、役者として劇団に参加しました。6年目の時で実習が忙しくなってくる時期ですが、合間を縫って毎日演技の練習をしました。もちろん自習も真剣に取り組んでいました。

みんなで一生懸命一つのことに打ち込み、そして作品を完成させるという作業はとても充実感と達成感をもたらしてくれます。結局6年生の時に2つの劇を演じました。学生時代最後の年は非常に充実していました。

大学院時代

大学を卒業してからは、大学院の矯正科に進学しました。それまで、体育会系の部活を経験したことがないので、年功序列の上下関係というのがほとんど初めてであったために、非常に苦労をしました。また、研究のために、朝から晩まで図書館で過ごしたこともありますし、勉強も必死に行いました。この時期に、「人間は必死になれば何でもできるんだ」ということを学びました。

また、矯正科に入局した目的が矯正治療をマスターすることであったので、その目的を果たすというモチベーションで頑張れたのではないかと思います。厳しい環境にいたこともあって、絶対に妥協しない治療が叩き込まれました。

普通は矯正科にいると虫歯の治療や入れ歯の治療などは一切しないのですが、三重大学では一般治療を行っており、一通りの治療を学ぶことが出来ました。また口腔外科なので、難しい抜歯や口腔内の小手術を施すことが出来るようになりました。

矯正治療も一般治療も、どちらも歯の治療なので非常に深く密接しており、両方の治療を手掛けられることは非常に大きな相乗効果を生みました。今まで矯正治療だけをやっているときには、考えもしなかったことを発想できるようになりました。

実家の医院に戻り、現在に至る

小さな時から慣れ親しんできた歯科医院でありますので、その医院で働くことに関してはかなり宿命のようなものを潜在的に感じていました。それまでの職場に臨むのとは全く違う感じでした。最初から職場の違和感がなかったし、そしてスタートラインに立ったような新鮮な気持ちでした。また、この伝統ある歯科医院を一層盛り立てていくという強い決意を持っていました。

健康のためには、健全な歯は欠かせません。健全な歯を維持するためには、しっかりと歯を修復してから、定期的に歯科医院に通い、歯のクリーニングをする必要があります。

痛いのを止めるだけでいいとか、通うのが嫌なのでちょっとだけ修復してほしいとかいう方は、当院にはご来院いただかない方がいいかもしれません。そのような一時的な治療をしても、すぐにダメになり、結果的にしっかり治すよりも多く通うことになってしまいます。

当院では、患者さんが出来るだけ歯科医院に通わなくてもいいプランを提案させていただきます。

患者様の人生を豊かにするにあたり、『食べること』すなわち歯の健康は欠かせないものです。歯の健康を維持するためには、歯科医院での定期健診が欠かせません。そのために患者様が末永く通っていただけるような、地域に密着した親しみのある歯科医院でありたいと思っております。

峰歯科・矯正歯科クリニック 峰 啓介

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